ノルウェーサーモンの危険性?
ストラテラ 飲み忘れが少し続いて今朝いきなり二錠飲んだら吐きそうでした。
やっぱり薬は急に増やしたり減らしたりしちゃいけません。
さて、ノルウェーサーモンが危険という記事が回ってきたので、元の情報が何と言っているか確認しました。
元の情報はこちらのようです。
輸入サケ類のダイオキシン類残留レベル
記事と同じ記述がありました。
1.ダイオキシン類濃度
測定したサケ類のダイオキシン類濃度,PCDDs, PCDFs 及び Co-PCBs の各濃度(いずれも TEQ 濃度)を Table 5 に示した.ダイオキシン類濃度は,最高値がノルウエー 産サーモントラウトで 5.2 pg TEQ/g,最低値がチリ産銀ザ ケで 0.38 pg TEQ/g であったノルウェー産のサーモンのダイオキシン濃度が高いのは事実のようですが、下記のようにも書いています。
今回 の調査で最高値であった 5.2 pg TEQ/g を喫食した場合, 体重 50 kg の成人がおよそ 40 g 以上を摂取すると,ダイ オキシン類の耐容一日摂取量(Tolerable Daily Intake:TDI) 4 pg TEQ/kg/day8)を上回ることになる.しかし,TDI は 一生涯摂取し続けることを前提として算出された値であ り,一時的にこれを超える量のダイオキシン類を摂取し ても何ら問題はない.意図的に危険そうな結果に見せる記事のように思えます。
ダイオキシン濃度は減らした方が良いのはもちろんですが、不要な心配を抱えてストレスをためる方が悪影響が大きいのではないでしょうか。
記事だけを見るとどこまでが事実なのか、どこからが主観なのかわかりません。ちゃんとしたところが言っているのだから本当に危険なんだろうと思ってしまいます。引用と感想を明確にわけるべきですね。
ホメオパシー
最近知り合いがFBでホメオパシー記事をシェアするのでツライ。
どうかお子さんが大きな病気などされませんように。
悪い医者に当たる確率と医者が間違える確率をかけた場合と、自分が間違える確率を比べたら、多分自分が間違える確率の方が高いから、できるのは信頼できる良い医者かどうかを見極める力をつけることなのかなと。
自分が信頼できるからと言って、その医者が良い医者とは限らないんだけれども。
なぜ医者、医療が間違う確率の方が低いかというと、医療は基本的に科学をベースにしているから。
科学は日々トライアル&エラーを繰り返して、より正しそうなものを見つける試みだから。人工物も天然物も同じ土俵にのせて、観察したり分析したりして、新しい発見をしていくから。
漢方が良い、とされているのは自然のものだからじゃなくて歴史が長いから。長い歴史の中で悪い影響を出す処方が研究されて、副作用のおこりにくいものがたくさん残っているから。
だから、漢方でも西洋医学でも、もし今ある薬が新しく重大な副作用が分かったとしてら、きっとより良いものに置き換えられていくことでしょう。
最初に理論ありきで進歩せず、効いた(気がする)ものだけ喧伝するような代替医療があればそれは淘汰されるべきだと思う。
でも公衆衛生が発達して、病気を余り恐れなくて良くなると、また医療の有り難みを忘れてしまったりするんだろうな。
それも含めて大きな世の中の流れで、段々「良くなって」行くんだろう。
人は弱くて、ほっといたら結構死ぬんだけど、技術の発達によって生かされる命が増えたのは明らかです。世の中複雑で、人が死なないことくらいしか人類共通の正義にはならないので、そうすると「自然に帰れ」なんてのは若干利己的にも思えてしまうんだ。
私は、医療が発達して、普通の人が大きな病気をそれ程心配しなくて良い今に生まれて良かったと思う。
では、人が死ななくなるとどうなるか、と言うのはまた別の話。
忙しいとミスが増える
ここ数日本当にミスが多い。
提出書類の印刷を一部忘れたのとファイルを忘れたので、役所に行く前に会社に寄って印刷したけどファイルは忘れた。
複数の目的を達成しようとすると一個は忘れる。
役所について打ち合わせするが枚数が足りない。
提出書類の差替えで古い方にバッテンつけるんだけど、10枚くらい新しい方にバツをつける。
(この10枚は気付いたけど他のは合っているんだろうか)
朱肉も忘れた。
極め付けはハンコをなくしたかもしれないこと…!
会社の借り物のハンコ、役所の人にどこかに落ちてないか探してもらうようお願いしたけど憂鬱でしょうがない。
相変わらず、業務にもついていけないし、せめて人に迷惑をかけない程度になりたい。ちょうど、病院に行く頃だったので、先生にいろいろ話したら、ストラテラ120mgに増やしましょうか、と。
きくといいなあ。
内海聡という宗教家
内海聡という内科医は宗教家だと思う。
良い食事を取れば、体に毒を入れなければ、正しい生活をしていれば、病気にはならないし、障害のある子供も生まれない。
そんなわけがない。
偶然今の環境に適応した特徴をもつ人が生き残って、今の世界ができあがっているだけである。
もし人類の生活環境が暗闇であったら、目が見えるよりも聴覚が優れた種が選択されて全く違う世界になっているはずだ。その時目の見えない人は障害者ではない。もっと他の機能が発達しているかもしれない。
内海医師の「教義」を完璧に遂行できるものはいない。そして病気になるのは「食事が悪いから」と言われれば、悪かったところを探して必ず見つけてしまうのである。たとえ「自然」の食物だけを食べ、一切の薬を取らず体に「毒」を入れなかったとしても、電磁波が、大気汚染が、放射能が…いくらでも原因を見つけられてしまう。
信心が足りないから、お布施が足りないから病気になったというのと同じである。
全くの人工物が存在せず、木の実を拾って食べていた時代の方が長寿だったとでもいうのか。
自然が人のためにあると思うな。
自然は人が病気になろうが絶滅しようが関係ないのである。
昔は先天性の障害などなかったというのが真実だとしたら、それは恐らく障害があれば長く生きられなかったからではないか。
遺伝子の異常によって、時々こうした「障害」を持つ子が生まれる。それが偶然環境を生き抜くのに有利であれば、生き残る確率が高くなる。この仕組みがあるからこそ、生き物は進化するのだろう。
内海医師は進化の仕組みをどう考えているのだろう。
人は医療によって、昔は生きられなかった命を「不自然に」生かしてきた。
命を守りたいのは誰?
ただ、私、どんな犯罪者もその罪を犯した時の当人にとってはそれが真実だったんだと思うので、内海医師が人を騙すつもりで言っているのか、本当に自説を信じているか分からないけど、彼が一連の言動をしてしまったのも、その言動をするという選択が、その時の彼にとっては真実であったんだろうなと思う。
つまり、一定の確率で内海医師みたいな人が生まれて、環境諸々の影響を受けて、またいくらかの確率でこういう人に育ってしまったりするのも、まああることなんだ。
でも身の回りに被害が及ぶのは勘弁してほしい。